軍事クーデターのきっかけ

3pt   2018-01-06 18:33
都市伝説・・・奇憚・・・blog

20180106001.jpg(via wikipedia)
ベトナム共和国初代大統領ゴ・ディン・ジエム(在任1955〜1963)は熱烈なカトリック教徒だった。
政権獲得後、彼はカトリック中心主義を推進し、将校や官僚のトップにカトリック教徒を据え、さらに土地政策や税制面でもカトリックを優遇した。

人口の大半を占めていた仏教徒は、仏旗の掲揚を禁止され、活動の抑圧、宗教差別を受けるようになり、これに反発して反政府活動を開始。
1963年、ジエム政権は戒厳令を布告すると、各地の仏教寺院を襲撃して僧たちを連行する。
仏教への弾圧はヒートアップし、抗議した民衆が射殺されるまでになった。

こうした最中、ベトナムの高僧ティック・クアン・ドック師は、自ら炎を纏う。
焼身自殺は自殺の中でも極めて苦しみを伴う方法として知られる。
体液は沸騰し、睾丸は爛壊し、膨張した眼球は破裂する。
何よりも肺と気管が焼かれて呼吸ができない。
通常であれば、走り回り、転げ回り、雄叫びを上げるはずである。
それにもかかわらずティック・クアン・ドック師は結跏趺坐のまま不動を貫く。

これに対してジエム大統領の実弟のゴ・ディン・ヌー秘密警察長官の妻であるマダム・ヌーが、
「あんなのは単なる人間バーベキューよ」
「僧侶が一人バーベキューになったからなんだっていうの」
「西欧化に抗議するのにアメリカ製のガソリンを使うなんて矛盾してるわ」
などとアメリカのテレビのインタビュー上で放言した。

マダム・ヌーのこの発言は世界中のメディアで報道され、大顰蹙を買った。当時の南ベトナムの事実上の宗主国であるアメリカのジョン・F・ケネディ大統領もこれに激怒し、彼の黙認のもと実行され、結果的に夫と義兄の命を奪った1963年11月の軍事クーデターの一因になったと言われている。


(※⑦⑦⑦さんからの投稿です。ありがとうございました)




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