事前講習

2pt   2017-12-02 18:00
怖い話 | 人から聞いた怖い話

 僕の見る夢は、たいがいが意味不明で不鮮明。断片的にしか、その内容を覚えてはいない。
 そんな中で、二度、三度見たことのあるような気がする夢がある。

   *

 葬式で焼香を上げるさい使われるような火鉢に、無数の細い棒状のものが刺され、香を焚いているような空間。
 ぼんやりと霧のように流れる煙が覆う中で、木のテーブルを前にイスに座っている。
 まるで、中国の昔話のような雰囲気といえば、伝わるだろうか。
 目の前には、木目調のお椀。ヤシの実を半分に割ったようなツルツルと滑らかな質感だ。
 添えられたスプーンは、異様に持ち手が長い。
 僕はどうしていいか分からず、椀の中を覗き込む。
 黄色身を帯びてグツグツと煮えたぎるスープのような液体――。
 ブクブクと泡立つそれは、時折、大きな気泡を作っては「パン!」と弾ける。
 僕はなんとか――そうしなければ、いけない気がして――その泡を食べようと、大きく膨らんだところを狙ってスプーンですくう。
 が、口元まで運ぶと決まって、シャボン玉のように破裂して食べられない。
 その度、弾け飛んだ泡に顔を攻め立てられ、熱い思いをする。
 夢の中なので、実際の”熱い”という感覚とは違うかもしれない。何度も挑戦して、いずれは嫌になって投げ出してしまう。
 ――どうしていいか分からず、途方に暮れて目の前の椀を見つめる。

   *

 ふと前を見ると、ランニング姿の老人。男性がいて、泡をすくっている。禿頭を剃り上げたような頭で、少し怖い印象の人。
 彼は途中で破裂させることなく、泡を口の中へと運び込む。噛み締める度、炸裂音がして苦しそうな顔で悶える。
 梅干とレモンを一度に口へ入れたように、顔を思い切りしかめては悶える。机につっぷすようにして拳を握り締め、身体を震わせながら、なんとか耐え忍んでいるのだ。
 また泡をすくって、苦悶して――同じことを繰り返す。
 異様に長いその舌は、ひどい火傷を起こしベロベロにめくれて痛々しい。
 それでも彼は行為を止めようとせず、淡々と繰り返す。
 僕はその男性に、
「泡を食べなければいけないのか?」
「どうすれば、上手く食べられるのか?」
 アレやコレや聞くが、なにも答えてはくれない。
 まるでできの悪い新入社員にそうするように、無視を決め込む。
 そこからまた何度か自力で泡を食べようとするが――幾らやっても上手くいかずに、泡は途中で弾けて飛ぶ。
 その間、半分は意識があるのか「起きろ! 起きろ!」と必死に念じるが、どうにも目が開かない。
 諦めて席を立ち、ぼんやりとどこかへ向かう途中、
「おい!」
 それまで無視されていた彼に、声を掛けられる。
 振り返ると文字通り煙に巻かれた老人が決まってこう言う。
「また、おいで。今のうちにできるように」
 ”また、おいで”その部分だけが少し優しく、そのセリフを聞けばそこで目が覚める。

   *

 目を覚まし、しばらくはじっとりとした寝汗と不安に絡みつかれるその夢は、なぜかすでに数回見ている気がする。
 冒頭に記したように、二度、三度見た”ような気がする”のだ。
 ただなんとなく。
 本当に、ただなんとなく。
 地獄というのは、ああいうところなのかなぁ……と考えた。
 自らにかせた拷問を、突き動かされるようにただ永遠と繰り返す。
 終わりの見えない単純作業を、諦観の念とともにただひたすらに。
 やらなくてもいい辛く苦しいことを、「いいんだ……」と自ら進んで行う。
 それでも結局は、自分の知らぬところで操作されているような、気づかないだけでやらされているような。
 姿の見えぬ監視役に気づいていながら、認めていないような。あくまで、自らの意思であるとしているような。
 そんな僕が感じたことも実は、「感じさせられている」ことだとすれば……。
「今のうちにできるように」
 悲しいかな、僕の地獄生きが早々と決まっていることになる。
 僕は初めのうち、彼に出会うこともなく、椀を目の前に立ち去っていた。
 それが、次には彼の真似をして泡を食べようとし、次には彼に会う前に自ら食べることを試みている気もする――。
 生前のうち、その作法に慣れておけば、地獄では労せずしてデカイ面ができるだろうか?
 期待のホープとして特別扱いを受けているのか、それともただの事前講習だろうか。
 ……新任研修を終え、一人立ちし、互いに食べさせ合うころには――。
 僕は、こうして誰かの夢で教える立場になっているのだろうか?
 彼は、班長かなにかだろうか。
 せめて地獄にぐらい、居場所はあるだろうか。
 優しくしてもらえるだろうか。
 まあ、行って見なければ分からない。そのときはあの”先輩”にお世話になろうと思う。

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